人種と狩猟と宗教の起原と衣服

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人種と狩猟と宗教の起原と衣服


人間はなぜ服を着るようになったのか??
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のつづき



最近、魚釣りをよくする。
筆者がやっている釣りは、渓流釣りと磯釣りなのだが、釣りをする時、自分は、気配を消している。
自分を背景の中に完全に没入させるようにしている。

これは、グレングールドが、ピアノと一体化しようとしているのと、極めてよく似ている。


自分のリズムや呼吸、その他の波動みたいなものを背景と一致させる。
自分が身にまとっているものは、その背景になるための道具なのだ。

ここでは、服は自分の一部でありながら背景そのもである。
なので、服は背景と同一化されるものが選ばれる。

私たちがアースカラーの服が好きなのは、私たちの存在として根源的なことなのだ。


そして、背景と同一化しながら、狩猟対象と1対1のコンタクトを行うのだ。
それは、全神経が狩猟という行為に行き渡っている瞬間である。


その状況になると、ものすごく些細な事に気付くようになっている。
風の変化、天候の変化、流れの変化、本当にささやかな違いが手にとるように分ってくるようになる。

そして、そういう状況で手にした獲物に対する畏敬の念といったものが自然に芽生えてくるのだ。
その状況にする為に服がある。


これは、原始宗教の始まり、根源の部分なのではないかと思っている。

背景との同一化が進み、獲物と1対1のコンタクトが進むと、そこに原始宗教が生まれる。



旧石器時代のスクレイパーの起原というのは様々言われているが、当ブログが考えているのは、スクレイパーというのは、主に獲物の肉を削り取り、革をなめす為に使われたのだと思う。
それによって人間は、毛皮をまとって猟をした。
主な狩猟対象は、水牛の群れやヘラジカの群れなどだ。

ご存知のように、水牛(バッファロー)やヘラジカ(トナカイ)の群れというのは、極端に大きく、季節移動する。

人間がその群れを追いかけたというのは、ごく自然なことだろう。


やがて、水牛や羊などの狩猟対象と人間との同一化が進んでくると、その一部は家畜になった。
山羊や羊や牛という動物の群れの中に我々が入り込んでしまったのである。


そこでは、私達は、動物を狩猟対象ではなく共に生きていく対象ににしていった。
そして、動物も私達が被狩猟対象ではなく、自分達を保護し、導いてくれる対象と捉えるようになっていった。
ここに、家畜農業の始まりと原始ユダヤ教とキリスト教の誕生があったのではないかと感じている。

キリスト教の誕生になぜ羊が関わっているのか?
それは、私達の祖先が羊の群れと同一化した事に端を発しているのだと思う。

ウールを使った毛織物製品の誕生は、まさにこの事から始まっているのである。
私たちが、上質な服を着ることが出来るようになったのは、羊達が我々と一緒に暮らしてくれることを選択したからでもある。


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羊やヤギを家畜とした生活は、それまで住むことが出来なかった荒れ地での生活を可能にし、素晴らしい乳製品や毛織物の文化を生み出した。



しかしながら、これには良い話ばかりがあったわけではない。

すなわち、家畜化の延長線上で奴隷や植民地化が行われたからである。




私達がなぜ頭部や顎や脇や陰部に主に体毛が濃く、その他の部分が薄い(特に背面)のか?

それは、私達が、獲物の毛皮をまとった時、必然的に外に出る部分が濃くなったのだろう(というか、そうじゃない部分が薄くなったのだろう)ということ。

そして、おそらく体毛の色の違いによって、集中的に狩っていた獲物の種類が違ったであろう事が推測される。



栗毛や茶色の毛を持つ白人達は、ヘラジカやトナカイなどの鹿類、そして馬、羊、ヤギなどの系統を狩っていたのではないかという仮説が成り立つ。

そして、やはりその狩猟対象の一部が家畜になっていった。



茶色の髪の毛を持つラテン系の人々は、イノシシ=豚を家畜にした。

豚類を畑作と共に導入したのは、豚が、地面にある餌(芋など)を掘る際に勝手に地面を耕してくれるからである。

ある程度地面に栄養がある欧州の大地では、豚の家畜化によって畑作が大規模に出来るようになったのである。

その一方で森が失われていくことになるわけだが。。



砂漠のイスラム圏やユダヤ圏で豚が禁忌になっているのは、おそらく、ラテン地域のように豚を食料として導入すると、地下にある水分を含んだ大切な根菜を根こそぎ食べてしまうため、土地が豊かになるどころか、砂漠化してしまったために、禁止したのだと思う。


豚を食べると美味しいので、宗教的に禁止することによって土地の砂漠化を防いだと考えるのが合理的である。

イスラムやユダヤ圏では、羊やラクダと共に生きていく方が、遥かに人間にとって利益が大きかったのだろう。




黒人の肌がなぜ黒いのか?

それは、彼らが、毛皮を脱ぎ捨て、もう一度まとうことが必要が無い暖かい場所で暮らすことを選んだためと考えられる。
そして、泥を身にまとうようになってから時間が経ったためではないだろうか?

服を着る必要のない黒人達は、泥を身にまとったのだ。




私達東アジア系モンゴロイドの体毛が黒いのは、主要な狩猟対象が水牛の仲間だったからなのではないか?

氷河期の時代、私たちの祖先であるモンゴロイド達は、バッファローの群れを追って南北アメリカ大陸へ渡った。

一方、地球温暖化でバファローの群れからはぐれて島となった日本列島で暮らしていくことになった日本人の祖先達は、動物の狩猟とは違う道を生きることになったと考えられる。


山が多く斜面が急な日本列島では、ほ乳類を捕獲するという行為が著しく効率が悪かったのである。


一方、簡単に美味しい食物を捕獲することが可能だった。それがすなわち、魚の狩猟というわけである。
私たちの多くが魚食系なのは、おそらくこの頃からである。

バファローの存在しない日本列島において、最も効率的なタンパク源は、川に遡ってくる魚達、すなわち鮭であり、鮎であり、マス類、そしてウグイだ。

これら、豊富な魚類を捕獲することによって、日本列島では、1万年以上続く縄文時代の狩猟採集生活が営まれてきたのである。

川や湖や海で狩猟するようになった人達は、そもそも狩猟の時に毛皮が必要ではなかった。

そして、それらの選択をしていったもの達は、獲物との同一化が進まなかった。
つまり、家畜を持たなかったのだ。



たとえば鮭を狩猟していたグループを考えてみよう。
鮭を狩猟する事は極めて簡単である。
ある一定の時期、川に遡ってきた鮭を捕まえれば済むのである。
ここでは、家畜という概念は誕生しない。
むしろ、次の年も豊穣な恵みを得るために、自然を破壊しないように、自然への感謝という原始宗教のようなものが続いていったと考えられるからである。



そして、その事は、後の社会を作っていく段階において、極めて大きな意味を持っていたのではないかと考えられる。





やがて、大陸から米の栽培=水田がもたらされても、縄文文化そのものは消えなかった。


それは、水田そのものが、豊かな森と水を必要としていたためと、稲そのものではタンパク質を補うことが出来なかったという理由によるだろう。

すなわち、水田をもたらした渡来系の人たちは、水路にフナや鯉などを持ち込み、放し、それをタンパク源にすることを選んだからだ。

日本の水田は、米と共に、そこに住む、フナや鯉やタニシやザリガニ、カエル、イナゴなどをタンパク源とした完璧なシステムだったのである。


日本における家畜を伴う農業とは、鯉やフナを水路に放した水田のことだったのだ。



そして、相変わらず川には、鮭や鮎やマス類やウグイがのぼってきた。
産業革命と流通革命が起きるまでは。。




魚を狩猟する最も効率的な方法は、川をせき止めて、ある場所に魚を追い込み捕獲する方法である。

これら、川をせき止めるという行為は、産業革命による近代化が進んだのち、巨大なダム事業に発展していくのである。

日本の土建国家の芽生えは、この時に起きたのかもしれない。


流通の発達によって、身の回りの魚達を捕獲し、食べなくなった私たちは、汚染を招いてしまう。


そして、農業や工業の水利権の問題と土建国家的経営の果てに、魚達は川を遡ることが出来なくなったり、汚染されたりした。


あげくの果てに、福島第一原発事故によって、放射能汚染されてしまうという最悪の状況を生み出すことになった。


これは、私たちが、私たちが暮らしてきた生活の本質を見失い、目先の利益のみを追い求めた結果なのではないだろうか?


福島第一原発事故を契機にして、私たちの暮らしを見直さなくてはならないことは、もはや明白であると思う。

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by guild-01 | 2013-05-16 19:38 | FASHIONの本質 | Comments(0)