日本の服・アジアの服 JFW-IFFの展示会に行ってきました


JFW-IFFの展示会に行ってきました。



ここの展示会は、普通のデザインレーベルだけではなく、織物工場やニット工場、プリントの工場など、アパレル企業が様々出ていて面白いのです。


日本だけでなく、今回は、アジア各地の工場の製品なども見ることが出来ました。



筆者は、現在、服の歴史を考えているのですが、今回思ったのは、シルクロードを通じて、質の高い織物の工場があちこちにあるのだなということです。


歴史的に考えると、当たり前のことなんですけどね。


魚食系のニッティング(麻中心)の上に照葉樹林文化圏の織物文化(シルクなど)が乗っかり、さらに牧畜の毛が加わって混じって発展していったのが、織物の歴史です。

それが、東西を繋いで、互いに影響を与えていったのです。


地図を見ると分かりやすいのですが、長江とか揚子江の最上流部というのは互いにごく近くにあり、さらに東南アジアやインド方面へ向かう川も又、ごく近くにあるのです。

このあたりからだと、どこへものを運ぶにも水運で楽に運ぶことが出来る。


つまり、そのあたりが古くからの交通の要所であり、文化の結節点だったわけです。


お米も長江流域から日本へやってきたと考えられますが、織物の文化も、ヒマラヤやインド・中東などのものが、長江を通って上海に出て、そのまま船で日本列島に来た。そういう交流ルートが1万年単位であったのではないかと筆者は考えています。


長江を辿ると、黒潮に乗って必然的に日本へたどり着くのです。


インド・ヒマラヤ→長江→九州or日本の太平洋岸→日本海側→朝鮮半島→満州・シベリア みたいなルートがあったのではないかと、最近考えているのですが、それはともかく




近年、アジアのアパレル工場の質は、ものすごく上がっているところが(一部ですが)あります。

それは、おそらくハイレベルなデザインレーベルの下請けの仕事をこなして要求に答え続けてきたら、表現力が伸びてきたことがあるのではないかと思います。

ハイテクな量産工場とかではなく、古い技術を使って表現力を身につけるところが出てきた


トータルなデザイン力では、まだ及ばないところもありますけど、ものすごく力をつけてきたところがあるなと感じました。



正直な話、サッカーと同じで、もはや、日本が簡単に上回れる相手では無いと思います。


なので、やはり日本のアパレルは、サブカルチャーだけでなく、きちんとメインカルチャーとして語れるものを様々な事から学んで表現出来るようにならないと、生き残っていけないのではないかと思いました。



ハイテクとかクールジャパンとかでは、太刀打ち出来ない文化的な奥深さが、やはり織物・服にはあるわけで、そこをしっかりやっていかないとダメなのではないかと筆者は思います。







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by guild-01 | 2016-04-28 18:54 | 展示会 | Comments(0)